No.00335番町1丁目のT邸

番町は近くに大きな道路の通る閑静な住宅街である。ここには質の高い洋館が現在でも数棟残されている。 こちらは竣工年不明だが昭和初期だろう。矩形を強調したモダンな外観である。
これまで訪れ、撮影した近代建築の記録です。理想のUIを求めて作りました。記事の訂正追記等は気軽にコメントしてください。メニューから様々な条件で検索することも可能です。

番町は近くに大きな道路の通る閑静な住宅街である。ここには質の高い洋館が現在でも数棟残されている。 こちらは竣工年不明だが昭和初期だろう。矩形を強調したモダンな外観である。

cafe antennaやコットン古都夢などの看板が出ている看板建築群。狭い範囲に数件並んでいる。中出石町集会所というモルタルの書き文字もある。どの建物も左官職人による立派なレリーフ、モルタル装飾が見える。

現在のライオンズタワー岡山俵町に残る都市のカケラ。

詳細不明。中国銀行は近代建築のものと、恐らく戦後に建てられた近代建築風のものが混在しており、正直な所区別がつかない。

和洋折衷の文化住宅。洋館部分が大きい。国道沿いにあり目立つ。

移動中に偶然発見。

詳細不明の洋館。様式的には昭和初期。

独特なハーフティンバー調の装飾に、丸窓のある玄関ポーチが特徴。

和洋折衷の文化住宅。

下見板張りで、幾何学的な妻飾りをもつ、ハーフティンバーの、出窓つき洋館。 今回の記事を書くにあたって、2023 年10月までに解体されていることが確認された。

金沢大鶴間キャンパスの南側近くにある。2件の位置はかなり近い。

創業嘉永6年(1853)。建物は大正期あたりに建てられたか後ろを増築していると思われる。金石地区の景観を作る貴重な建物である。

事前の調査リストには無かったもの。モダンな趣が強い看板建築で石積み風の筋彫りが入っている。玉さく旗幕商会の近くにある。

アールのついた洋館部分が見える。

和洋折衷の文化住宅のような外観だが現在は居酒屋。洋館部分が大分セセッション風味で珍しい。

袴腰屋根に2連半円アーチ窓、ハーフティンバー調の外観の洋館。偶然見つけたもので詳細不明。

移動中に偶然見つけたもので詳細不明。様式的に昭和初期か中期ではないか。

移動中に偶然見つけたもので詳細不明。元は何かの社屋ではないかと思われる。

あぶらとり紙などを扱う企業で、沢田医院と隣接している。

和洋折衷の文化住宅。洋棟のデザインは他に類を見ない独自のものである。また入母屋屋根の玄関口も大変立派。

詳細不明。

現在はミニ映画館ガシマシネマとして使われている。古民家のリノベーション物件。 佐渡金山の歴史から家の年代(情報なし)を特定できないか試みたが、佐渡金山は平成元年まで細々と続いていることを知り諦めた。

大湊の軍港を一望できる水源地公園の近くにある洋風住宅。竣工年不明だが、明治末期に大湊が軍港化したこと、周囲の官舎が大正初期なことからこの建物も大正初期と推定。

パラペットのモルタル文字は右から「大湊旅館」だと思われる。

田名部館跡の麓にある洋風建築。詳細不明。

八戸小学校講堂の撮影の際偶然見つけたもの。詳細不明だが大正〜昭和初期の建物と思われる。

詳細不明の看板建築

正面中央のガラス窓がインパクト抜群。

パラペットのロンバルディア帯とレリーフの装飾に戦前の看板建築味を感じた建物。でも多分戦後。今調べたら解体されてる事が分かった。

典型的な看板建築の作例。なぜか中心をやや外した窓の配置が可愛くて素敵である。

袴腰屋根を組み合わせた独特な外観。

乙徳兵衛町 油横丁 前町

温湯温泉の入口付近にある商店。戸袋のモルタル装飾が立派である。かつてはここに屋号が書かれていたと思われる。

廃業してしまったが建物は残っている。

かつては客舎併設だったが今は商店のみの営業である。

詳細不明。青森市浪岡に忽然と存在しており、青森県内でもかなり異彩を放つ存在感。