No.00292旧中村邸

金沢市立中村記念美術館の中に遺されている出桁造りの町家。中村記念美術館を創立した中村栄俊の父栄助が建てた住宅。
No.00291平木家住宅主屋

武家住宅のひとつ。
No.00290旧上野診療所

方形屋根に4本のピラスター(付柱)をみせ、レリーフを施している。初見の印象は銀行である。
No.00289旧石川県警察本部長公舎

本部長は県警の一番偉い人。何故か金沢大学鶴間キャンパスの一角に移築されている。 和洋折衷の外観で、洋館部分は下見板張りでバージボードを設けている。明治期の和洋折衷住宅として完成度の高い文化財だが、2025年度に解体保存さ … 続きを読む
No.00288旧制金沢医科大学病理標本庫

外壁は人造石洗い出し。附属図書館書庫と似たデザインだがもじゃもじゃ過ぎて見えない。窓枠に煉瓦を使っている。
No.00287旧制金沢医科大学解剖学標本庫

スクラッチタイル貼り。壁には柱を模した凹凸がある。
No.00286旧制金沢医科大学附属図書館書庫

RC造の書庫。垂直性を強調し、四隅には柱形を飾る。
No.00284旧制金沢医科大学正門

やたら綺麗だが復元したもののようだ。現在の金沢医科大学は私立校だが、旧制金沢医科大学は官立の学校で現金沢大学医学部である。全くの無関係であり、ややこしい。
No.00283小立野4丁目の洋館

独特なハーフティンバー調の装飾に、丸窓のある玄関ポーチが特徴。
No.00282寺町4丁目の洋館

和洋折衷の文化住宅。
No.00281石引2丁目の洋館

ドイツ屋根、下見板張り、ハーフティンバー、妻飾り、出窓の洋館。多すぎる。ここは珍しく手前に文化住宅の洋棟のような平屋の建屋がついている。
No.00280小立野2丁目の洋館

下見板張りで、幾何学的な妻飾りをもつ、ハーフティンバーの、出窓つき洋館。 今回の記事を書くにあたって、2023 年10月までに解体されていることが確認された。
No.00279旧石川家住宅主屋

退役陸軍大佐の住宅。何故かこの小立野周辺では下見板張りで、幾何学的な妻飾りをもち、幾何学的な窓をもつ出窓をもつ洋館が多い。 ちなみに2021年8月の来訪以降、外壁塗装は変わっており今はライムグリーンよりである。
No.00278飯田家住宅主屋

ハーフティンバー調、白下見板張りの洋館。元は旧制金沢医科大学(現金沢大医学部)の学長須藤憲三の自邸として建てられた。須藤のドイツ留学の経験が活かされた最新の洋式住宅である。
No.00277小立野5丁目の洋館(2件)

金沢大鶴間キャンパスの南側近くにある。2件の位置はかなり近い。
No.00276日本基督教団若草教会

1891年竣工のものを戦後に移築している。L字型の平面は珍しい。
No.00275西検番事務所

にし茶屋街の芸妓たちの稽古場や事務所を兼ねていた建物。茶屋街の建物は和の趣が強いものが多かった中、何故かゴリゴリの洋風建築である。 唐草模様の装飾の入る玄関ポーチにはバージボードがついている。
No.00274山錦楼

木造3階建ての大規模な料亭建築。木造3階の圧は凄いが元は2階建てだったものを増築した。明治〜大正期は木造建築も高層化しており、流行りに乗ったものであるが現存例は大変貴重である。 ちなみにここにも群青の間がある。
No.00273千菊橋高欄親柱

金沢市の水道が大正期に一気に整備されたことが分かる。
No.00272泉用水取水口

犀川大橋の近くに扁額が残る。見つけるのは大変。
No.00271旧石川師範学校守衛舎

現在は金沢市立泉中学校の敷地に残されている。元は師範学校の建物で、1914年に当地に移転し15年に新校舎落成式を行っているのでその頃のものと思われる。(便宜上1914年竣工とした) アール・ヌーヴォーの有機的曲線の持ち送 … 続きを読む
No.00270犀川大橋

全4車線、橋長62mのワーレントラス橋。鋼鉄の骨組みと金箔も使われた橋名額が工業的な美しさを誇る。関東大震災後の橋で、国産だけでは鋼鉄を賄えなかったため一部に英国産を用いている。 犀川は金沢市街地の西側を流れる河川であり … 続きを読む
No.00267辻家庭園(金茶寮)

男爵横山隆平の弟、隆興が迎賓館兼別荘として建てた近代和風建築と庭園。江戸時代は加賀八家、維新後は鉱山業で財を成した横山家の青天井予算で造営されており、庭園は七代目小川治兵衛によるものである。(ちなみに内装は前田家特有のラ … 続きを読む
No.00266田辺家住宅主屋

2階までぶち抜きの出窓、窓の格子のデザイン、サンルームなど昭和初期の洋風住宅の趣を強く残している。
No.00265森紙店

市街地唯一の板葺き石置き屋根の町家。江戸末期のものなので厳密に近代建築とは言えないがインパクト大なので載せることとした。
No.00264武内酒造店

近隣にしか卸さない酒蔵。御所泉などで知られる。明治期の建物であり、明治11年(1878)の竣工。その後明治31年(1898)にも増築。
No.00263泉本町のK邸

同名の学校法人が隣接しているため創業者宅と思われる。単調な白壁にならないように、コーナーにタイルを置いている。
No.00262旧北陸女学院外国人教師館

創業者の名前を冠してヘッセル館と呼ばれているが検索しても情報の出てこない謎の施設。ヴォーリズっぽさがある。
No.00261金沢駐屯地旧覆馬場

覆馬場とは、屋内型の馬教練場である。煉瓦の躯体に大きな切妻屋根を乗せ、壁面に段差状のバットレスをもつ陸軍の覆馬場は全国各地にあり(旭川、盛岡、弘前(解体済))、共通の設計図があったと思われる。
No.00260旧第九野戦砲兵連隊将校集会所

現在は金沢駐屯地の敷地になっているため、見学は事前申請が必要である。尚古館として明治時代からの軍服や銃などを展示している。正面は木造下見板張りで直線的な玄関棟がつく。
No.00259末浄水場緩速濾過池など

末浄水場の近代以降は片っ端から国登録有形文化財になっており、敷地内に12件ある。
No.00258末浄水場旧着水井上屋

末浄水場は今も多くの近代建築が残る。これは入口から目立つ位置にある。直線的な庇や丸窓で構成されたアール・デコ調のデザイン。
No.00257雀橋

橋上から見ると普通の橋だが、側面を見るとなんと驚きのイギリス積みレンガアーチ。橋上は改修されつつもそれ以外は殆ど変わっていないのだろう。この橋を現存最古の道路用レンガ橋としている記事もあるが、現役の車道橋として東京都福生 … 続きを読む
No.00256旧金沢第三中学校玄関棟

現在は石川県立金沢桜丘高校の三桜会館として玄関部分のみが保存されている。三中開校当初の遺構だったが新校舎建造の際に大部分を解体。卒業生らの強い要望により、校舎の一部に無理やり玄関部分を移築する形で残された。 垂直性を強調 … 続きを読む
No.00254八田家住宅

森本〜津幡駅間にある近代和風建築。大規模な金沢町家で妻面を大きく見せる。 現地で知ったが、八田與一の生家でもある。台湾に当時世界一の大きさだった烏山頭ダム(八田ダム)を建て、対戦期に台湾行きの客船が撃沈し殉職した悲劇の技 … 続きを読む
No.00253直源醤油醸造工場

金石地区にある木造の醤油工場群。見学ができる。閑静な観光スポットである。
No.00252旧金沢市立上平小学校

市内では恐らく唯一の木造小学校校舎。山奥にある。
No.00251粟崎遊園本館入口

日本海側の小さな町内灘町には、かつて宝塚遊園のような巨大アミューズメントパークがあった。材木王平沢嘉太郎が私財を投げ打って大劇場、温泉、動物園などを作ったのである。平沢は浅野川電鉄の社長でもあり、阪急や西武の鉄道と観光地 … 続きを読む
No.00250沖彌一郎商店

創業嘉永6年(1853)。建物は大正期あたりに建てられたか後ろを増築していると思われる。金石地区の景観を作る貴重な建物である。
No.00249観田家住宅

金石地区に残る廻船問屋商の屋敷。
No.00248旧金沢紡績工場棟

煉瓦倉庫が続く。現在は金沢市民芸術村として使われている。建てられたのは1923-27年である。
No.00247旧金沢紡績金沢工場事務所棟

この辺りには金沢紡績(後の大和紡績)の巨大な工場群があった。1919年に開業し、23-27年にかけて用地を取得して工場棟を整備していったが、1993年に廃業。その後市が取得して金沢市民芸術村として整備された。下見板張りの … 続きを読む
No.00246旧戸板村役場庁舎

下見板張りに大きな寄棟屋根を乗せ、矩形の窓が連続する。昭和初期の洗練された木造近代建築であるが窓の位置が高くバランスが悪い。玄関周りのデザインがモダンである。村役場にしては大きい。
No.00245旧金石警察署庁舎

金沢市の海側、金石地区の近代建築。鉄筋コンクリート造でセセッションやアール・デコの影響を強く受けた斬新なデザインをしている。2階正面の蛇腹の柱飾りや、玄関の飛び出した柱頭装飾など独自路線が過ぎている。柱頭だけ飛び出してる … 続きを読む
No.00244旧陸軍弾薬庫隧道

金沢城の石垣にどデカく開けられた煉瓦トンネル。とにかく大きい。当然ながら石垣は貴重な文化財であり、現代の感覚では暴挙としか言えない大穴だが、当時は保護の感覚も薄かったのだろう。今では逆にこの穴が文化財になるのだから不思議 … 続きを読む




