No.00334出石町の看板建築群(3件)

cafe antennaやコットン古都夢などの看板が出ている看板建築群。狭い範囲に数件並んでいる。中出石町集会所というモルタルの書き文字もある。どの建物も左官職人による立派なレリーフ、モルタル装飾が見える。
これまで訪れ、撮影した近代建築の記録です。理想のUIを求めて作りました。記事の訂正追記等は気軽にコメントしてください。メニューから様々な条件で検索することも可能です。

cafe antennaやコットン古都夢などの看板が出ている看板建築群。狭い範囲に数件並んでいる。中出石町集会所というモルタルの書き文字もある。どの建物も左官職人による立派なレリーフ、モルタル装飾が見える。

創業当初の社屋。現在はおかでんミュージアムとして使われている。

京橋西橋詰め近くにある。創業天保8年(1837)の老舗企業で、藩主からも寵愛された。大手門の近くに店を構えていることから「大手まんぢゅう」の名をいただいたと伝わる。 切妻屋根に唐破風の玄関庇をもつ銅板張り。竣工年は不明だ … 続きを読む

後ろに見える岡山城西丸西手櫓も国重文。 岡山の近代建築の象徴的存在。岡山城、後楽園の玄関口にあたる城下筋にある木造の洋館。現在は雑居ビルのようになっており、自由に立ち入れる。急勾配で狭い階段に、木の軋みが聞こえ風情満点で … 続きを読む

詳細不明の洋館。様式的には昭和初期。

にし茶屋街の芸妓たちの稽古場や事務所を兼ねていた建物。茶屋街の建物は和の趣が強いものが多かった中、何故かゴリゴリの洋風建築である。 唐草模様の装飾の入る玄関ポーチにはバージボードがついている。

木造3階建ての大規模な料亭建築。木造3階の圧は凄いが元は2階建てだったものを増築した。明治〜大正期は木造建築も高層化しており、流行りに乗ったものであるが現存例は大変貴重である。 ちなみにここにも群青の間がある。

市街地唯一の板葺き石置き屋根の町家。江戸末期のものなので厳密に近代建築とは言えないがインパクト大なので載せることとした。

近隣にしか卸さない酒蔵。御所泉などで知られる。明治期の建物であり、明治11年(1878)の竣工。その後明治31年(1898)にも増築。

日本海側の小さな町内灘町には、かつて宝塚遊園のような巨大アミューズメントパークがあった。材木王平沢嘉太郎が私財を投げ打って大劇場、温泉、動物園などを作ったのである。平沢は浅野川電鉄の社長でもあり、阪急や西武の鉄道と観光地 … 続きを読む

創業嘉永6年(1853)。建物は大正期あたりに建てられたか後ろを増築していると思われる。金石地区の景観を作る貴重な建物である。

リフォームにより新しい建物に見えるが、細長いの窓のデザインや瓦屋根から看板建築だったことが伺える。 この辺りはやたら看板建築が残されており、玉さく旗幕商会、山崎太可堂薬局、とっくりやと4軒まとめて50mも無いところに密集 … 続きを読む

正面は地味だが側面(南北側道路面)は半円アーチ状のパラペットを立ち上げ、銅板張りにしている。

事前の調査リストには無かったもの。モダンな趣が強い看板建築で石積み風の筋彫りが入っている。玉さく旗幕商会の近くにある。

現在は飲食店の焼肉千鳥になっている。ストリートビューを追う限り、2018年頃に廃業している。

元は明治期の町家を昭和初期に増築。キーストーン風の装飾がやたら大きい。

最近の建材で外観を覆われており往時の看板建築装飾は隠れている。が、足元に僅かに痕跡が見える。

和洋折衷の文化住宅のような外観だが現在は居酒屋。洋館部分が大分セセッション風味で珍しい。

石黒ビルに隣接する江戸期の商屋。石黒ファーマシーの前身、石黒薬局の建物である。厳密には近代建築ではないので全ては扱わないが、石黒の歴史を今に伝える貴重な文化財である。それにしても金沢は都市の発達が激しい地であるにも関わら … 続きを読む

武田五一設計の県内最古のRC造ビル。金沢は著名な建築家の作品が多い。ネオルネサンスや表現主義の影響を感じさせる外観。江戸期創業の石黒薬局の自社ビル。

和紙卸売業の老舗店舗。独特なモダンな作りは若き村野藤吾によるもので、加能合同銀行の経営に携わっていた中島商店の当主が、銀行新棟の設計図を見て自社社屋も依頼という面白い流れ。そのため同年に竣工している。

和洋折衷の文化住宅の一種だが母屋も洋館も異様に大きいのは、店舗兼住宅で洋館部分を店舗棟にしていたからである。洋館の窓枠に彫りの深いアカンサス様のモールディングを施している。 谷生は明治元年創業の老舗古美術商で、当代で6代 … 続きを読む

元は糸卸業。モルタルで蛇腹を連続させた壁面を1階や隅に配置する異色のデザイン。全面ではなく部分的に採り入れ、水平性を意識させているのが最高に素晴らしい。

交差点に合わせてアールをつけ、正面部分に装飾をゴテゴテにつける。全国でたまに見かける様式だが現存している例は少ない。 元は輸入商の店舗で、かなりハイカラな印象を受ける。隅で喫茶店を営業している。

ひがし茶屋街を形成する金沢町家の1つ。

創業は明治42年(1909)の老舗洋食レストラン。よく見ると切妻屋根がぴょこっと見えているので看板建築である。昭和8年(1933)の改修で今の姿になったらしい。古写真では独特なレリーフが無いためこちらは近年の装飾か。

現在はクラフトビールのバーになっている。

あぶらとり紙などを扱う企業で、沢田医院と隣接している。

角島家住宅店舗及び住宅の名称で国有形文化財に登録されている。モルタルと銅板貼りの背の高い建物。

竣工年は推定。

日本最古級の映画館。元は芝居小屋の高田座だったが、大正5年(1916)には映画館に転用、現在も上映を続ける。

元は牛肉を扱う販売、洋食店であり内部には食堂が設けられていた。

旧大湊ホテル。海軍の要人のためのホテルとして使われていた。

パラペットのモルタル文字は右から「大湊旅館」だと思われる。

田名部館跡の麓にある洋風建築。詳細不明。

詳細不明の看板建築

空襲や大火があった八戸では大変貴重な中心街の洋館。現在はレストランとして活用されている。

正面中央のガラス窓がインパクト抜群。

明治の遊郭の趣を伝える建物。この一帯は小中野新地があった。現在もやたら道幅の広い道路に名残が残っている。 新むつ旅館として営業しており当時宿泊しようと電話したが繋がらず、後に女将の体調不良と直後の逝去が分かった。現在は閉 … 続きを読む

パラペットのロンバルディア帯とレリーフの装飾に戦前の看板建築味を感じた建物。でも多分戦後。今調べたら解体されてる事が分かった。

現存する県内最古の鉄筋コンクリート造。大正12年(1921)の三戸大火の反省を活かし、耐火建築としてコンクリにしている。ドイツ表現主義的な意匠が特徴的。

典型的な看板建築の作例。なぜか中心をやや外した窓の配置が可愛くて素敵である。