No.00125佐瀧本店

現存する県内最古の鉄筋コンクリート造。大正12年(1921)の三戸大火の反省を活かし、耐火建築としてコンクリにしている。ドイツ表現主義的な意匠が特徴的。
これまで訪れ、撮影した近代建築の記録です。理想のUIを求めて作りました。記事の訂正追記等は気軽にコメントしてください。メニューから様々な条件で検索することも可能です。

現存する県内最古の鉄筋コンクリート造。大正12年(1921)の三戸大火の反省を活かし、耐火建築としてコンクリにしている。ドイツ表現主義的な意匠が特徴的。

三戸駅近くにあるセセッションの豪邸。関東大震災直後の建物で、材木集めに苦労したらしい。 設計者は東京の遠藤氏として伝わっている。年代的に遠藤於菟ではないかと思うが、確証は無い。調査中。それにしても凄まじい存在感である。

第九十銀行は盛岡に本店を構えた銀行である。銀行は昭和元年に破綻しており、昭和6年から富田歯科医院として使われた。 銀行建築だが新古典主義でもモダニズムでも無い異色のデザインで、半円形の玄関ポーチを中心に円、楕円を意匠とし … 続きを読む

典型的な看板建築の作例。なぜか中心をやや外した窓の配置が可愛くて素敵である。

火の見櫓が大きくてバランスが悪いが近代建築の愛おしい点ともいえる。

独特なカーブのパラペットを立ち上げた看板建築。こみせ通り(重伝建地区)のためか、こみせ付きである。

袴腰屋根を組み合わせた独特な外観。

窓には手すりがあったが金属供出以来ついていない。

乙徳兵衛町 油横丁 前町

明治土蔵館として公開している。築115年らしいがいつからなのかが分からない。ここでは1905年とみている。

用途が全く分からないが墓所の前にある洋風屋根の何か。

2度の移築を受けて現存している。どう見てもバランスが悪いが元の建物の2階、3階、塔屋の部分のみに減築した上で玄関ポーチを付けているので仕方ない。

温湯温泉の入口付近にある商店。戸袋のモルタル装飾が立派である。かつてはここに屋号が書かれていたと思われる。

廃業してしまったが建物は残っている。

内湯を持つので客舎ではなく旅館である。現役。温湯温泉の宿は戸袋にモルタルで装飾を施しているケースが多い。

かつては客舎併設だったが今は商店のみの営業である。

温湯温泉の超有名旅館。内湯が存在せず近くの共同温泉を利用する「客舎」という古のシステムは最早国内唯一のレベル。長期宿泊し、自炊して過ごすという太古の昔の湯治スタイルを今も続けている。建物は戊辰戦争の頃からあったものをほぼ … 続きを読む

現在は青森市中世の館の別館として使われている。どう考えたって昭和初期の鉄筋コンクリート造だが、驚くことに木造モルタルである。

現在は道の駅「なみおか アップルヒル」の一角にある。

地元名士、清藤盛美が9年の歳月をかけ築庭した。日本庭園、和洋折衷の独特な邸宅はともに高い評価を受けている。普通、和洋折衷は母屋と洋館に並列するか、内装の一部のみ和風(洋風)か、屋根だけ違うことが多いが縦にはっきり別れるの … 続きを読む

詳細不明。青森市浪岡に忽然と存在しており、青森県内でもかなり異彩を放つ存在感。

詳細不明の看板建築。重厚な軒蛇腹に左側の無秩序な増築が印象的。窓枠や上げ下げ窓の感じから昭和初期な気がする。

高谷英城(1885-1954 青森銀行頭取)の別邸。現在は高級料亭として活用中。敷居が高い。洋館、日本館など6棟の国登録有形文化財で構成されている。 公式サイト

東北最古のプロテスタント教会で、今の教会堂は3代目。施工の斉藤伊三郎は堀江佐吉の四男。

現在は家具屋として使われている。母屋は明治期、手前に見える洋館部分は昭和20年代の増築。

弘前の街中にしれっとあるやべーやつ。角三宮本呉服店として建てられ、大正期には銀行として使われた。後から銀行が使う珍しいケース。弘前市内最古の洋館で、現在は市立展示館として公開されている。

最新のストリートビューでもテナント募集中になっていて予後が心配である。

旧弘前無尽社屋。現役の商業ビルとして使われている。

旧弘前市立図書館と隣接している。 設計施工は諸説あるが堀江佐吉説を採用している。 公開施設。

弘前と言えばコレという象徴的な建物。日露戦争勝利を記念した建物なので通風孔は陸軍の五芒星。中心ではなく、左に入口を設け、左の塔屋は階段棟にしている不思議な構成である。

弘前の近代建築における第一人者、堀江佐吉の晩年の集大成。

上瓦ヶ町 紺屋町

左右対称で、アール・デコの趣が強い印象的なデザインの建物。かなり目立つが詳細は不明である。音楽教室として使われているっぽいが、元の用途が分からない。病院系なのか、公民館なのか……

外観内装ともに唯一無二の独創性をもつ実業家藤田謙一の別邸。カフェとして使われている。

背の高い望楼が特徴。派出所と消防屯所が入居する施設だった。

軍都弘前に本拠地を置いた第八師団の長官舎。戦後は市長公舎として使われ、現在はスタバとして使われている。市長公舎になった際に建物の2/3は解体されているようだが、恐らく和館部分なのだろう。

消防団の屯所。そのためか望楼がついている。

詳細不明。戦前な気もするし戦後な気もする。

前川國男のデビュー作であり、国内最古級のモダニズム様式。極限まで装飾を廃し、直線的なコンクリートとガラスで構成されている。内部は基本無機質な暗さがあるが、自然光が明るいコントラストを生んでいる。冷たさも、温かさも感じられ … 続きを読む

現在は弘前三中の門として使われている。

どう見てもプレハブ小屋のKUMONにしか見えないが、よく見ると煉瓦の土台になっている。