No.00128永福寺消防屯所

異常に突き出た庇に濃い青色が目立つ。かつては塔屋(火の見櫓)もついていたが老朽化に伴い減築された。火の見櫓もまあまあ派手なデザインであった。
これまで訪れ、撮影した近代建築の記録です。理想のUIを求めて作りました。記事の訂正追記等は気軽にコメントしてください。メニューから様々な条件で検索することも可能です。

異常に突き出た庇に濃い青色が目立つ。かつては塔屋(火の見櫓)もついていたが老朽化に伴い減築された。火の見櫓もまあまあ派手なデザインであった。

他の屯所と比べるとやや洋風寄りで、直線的でありスタイリッシュな印象を受ける。 玄関部分が出っ張っているのは、昭和15年に購入した消防車を格納するために増築したためである。

佐瀧本店の奥に見える重厚な洋館。

現存する県内最古の鉄筋コンクリート造。大正12年(1921)の三戸大火の反省を活かし、耐火建築としてコンクリにしている。ドイツ表現主義的な意匠が特徴的。

三戸駅近くにあるセセッションの豪邸。関東大震災直後の建物で、材木集めに苦労したらしい。 設計者は東京の遠藤氏として伝わっている。年代的に遠藤於菟ではないかと思うが、確証は無い。調査中。それにしても凄まじい存在感である。

第九十銀行は盛岡に本店を構えた銀行である。銀行は昭和元年に破綻しており、昭和6年から富田歯科医院として使われた。 銀行建築だが新古典主義でもモダニズムでも無い異色のデザインで、半円形の玄関ポーチを中心に円、楕円を意匠とし … 続きを読む

火の見櫓が大きくてバランスが悪いが近代建築の愛おしい点ともいえる。

2025年解体。黒石に3棟残る塔屋つきの消防屯所だった。

内湯を持つので客舎ではなく旅館である。現役。温湯温泉の宿は戸袋にモルタルで装飾を施しているケースが多い。

外観内装ともに唯一無二の独創性をもつ実業家藤田謙一の別邸。カフェとして使われている。

軍都弘前に本拠地を置いた第八師団の長官舎。戦後は市長公舎として使われ、現在はスタバとして使われている。市長公舎になった際に建物の2/3は解体されているようだが、恐らく和館部分なのだろう。

太宰治まなびの家として公開されている。太宰治が旧制弘前高校に通っていた3年間、下宿していた家である。当時の太宰は18-21歳。この間に太宰は芥川龍之介の自殺に大きなショックを受けたり、テスト前日にカルモチンを用いて初の自 … 続きを読む

旧制弘前高校(現弘前大)の外国人宣教師館だった屋敷をカフェとして運用している。当然公開施設。

私設公会堂の跡地。残念ながら建物の古写真は見つからなかったが、煉瓦塀は今も残っている。

巨大な煉瓦倉庫だったが現在は弘前れんが倉庫美術館として活用されている。当然公開施設。 それにしても正面入口の壁が厚すぎてビックリする。 公式サイト

塔屋ではない平型の鐘楼がついているのが印象的である。

現在はホテルのレストランとして使われている。

平成9年の復元。 参考 公式サイト

国指定名勝の庭園を有する市内屈指の近代和風住宅。公開施設。 参考 公式サイト

現在は安吾風の館として公開施設になっているが、能登半島地震以降休館している。ボヤ騒ぎを起こしたり色々ついてない。 参考 公式サイト

看板建築風なデザインだが横もしっかりしている。県内初のエレベーター導入物件である。解体の報道も出たが、貸しスタジオや喫茶店として蘇ったようだ。

真宗大谷派の説教施設。

山林王諸戸清六の邸宅。コンドル唯一の地方物件。

帝国憲法下にかつてあった司法制度、控訴院は現在の高等裁判所にあたる。全国でも現存例は名古屋と札幌のみである。 虎に翼のロケ地として使われ、近年再び脚光を浴びている。 現在は名古屋市市政資料館として公開されている。 公式サ … 続きを読む