No.00207旧三田商店

交差点に合わせてアールをつけ、正面部分に装飾をゴテゴテにつける。全国でたまに見かける様式だが現存している例は少ない。 元は輸入商の店舗で、かなりハイカラな印象を受ける。隅で喫茶店を営業している。
これまで訪れ、撮影した近代建築の記録です。理想のUIを求めて作りました。記事の訂正追記等は気軽にコメントしてください。メニューから様々な条件で検索することも可能です。

交差点に合わせてアールをつけ、正面部分に装飾をゴテゴテにつける。全国でたまに見かける様式だが現存している例は少ない。 元は輸入商の店舗で、かなりハイカラな印象を受ける。隅で喫茶店を営業している。

現在は金沢文芸館として公開施設。元は銀行建築であり、高岡銀行、加州相互銀行、石川銀行として行名を変えながら使われてきた。(文化遺産としては「旧石川銀行橋場支店」) ネオルネサンス様式を基調にしながらイオニア式の柱で飾る。 … 続きを読む

田上診療所の住宅部分。こちらの方が1年早い。

立地的に田上家と関係していると思われる。

自宅兼診療所。タイルで様々な色彩や文様を作っているモダンな作り。施主はドイツ留学後に細かく口出ししたようで、当時流行っていたユーゲントシュティール(アール・ヌーヴォーのドイツ版)の影響を強く受けている。

金沢大医学部の教授を務めた医者の邸宅。長らく廃墟状態であったが、ここ数年で保存のために外観だけは整備された。邸宅としてはかなりの規模。

ひがし茶屋街から天神橋にかけての道中にある。モルタル壁の洋風住宅。

創業は明治42年(1909)の老舗洋食レストラン。よく見ると切妻屋根がぴょこっと見えているので看板建築である。昭和8年(1933)の改修で今の姿になったらしい。古写真では独特なレリーフが無いためこちらは近年の装飾か。

現在はクラフトビールのバーになっている。

あぶらとり紙などを扱う企業で、沢田医院と隣接している。

和洋折衷の文化住宅。洋棟のデザインは他に類を見ない独自のものである。また入母屋屋根の玄関口も大変立派。

写真は北側からの物しかないが、西側がギザギザしていて面白い。恐らく窓を増やして2面から明かりを採りたかったのだろう。モダニズムの影響を感じさせる。

右側の明らか戦後増築部分ができる前はどんな姿だったのだろうか。

角島家住宅店舗及び住宅の名称で国有形文化財に登録されている。モルタルと銅板貼りの背の高い建物。

現在は高田まちかど交流館として公開施設。

7代続く医家。洋館の病棟部の他数件が国登録有形文化財が残る。

佐渡金山で取れた鉱石から金銀を抽出するための施設。日中戦争の影響で増産体制が敷かれ、1940年にピークを迎え、東洋一と謳われた。 現在は一部設備や躯体のみが遺された巨大な廃墟群と化しており佐渡のラピュタとも呼ばれている。

パラペットのモルタル文字は右から「大湊旅館」だと思われる。

詳細不明の看板建築

正面中央のガラス窓がインパクト抜群。

近隣の消防屯所とはやや異なるデザイン。

第一班屯所とほとんど同じである。

ハーフティンバー、アール・デコ調の屯所。火の見櫓は無い。八戸市中心部は非常に似た屯所が3棟現存している。

設計者はガーディナー説がある。

典型的な看板建築の作例。なぜか中心をやや外した窓の配置が可愛くて素敵である。

独特なカーブのパラペットを立ち上げた看板建築。こみせ通り(重伝建地区)のためか、こみせ付きである。

袴腰屋根を組み合わせた独特な外観。

窓には手すりがあったが金属供出以来ついていない。

乙徳兵衛町 油横丁 前町

現在は青森市中世の館の別館として使われている。どう考えたって昭和初期の鉄筋コンクリート造だが、驚くことに木造モルタルである。

現在は道の駅「なみおか アップルヒル」の一角にある。

高谷英城(1885-1954 青森銀行頭取)の別邸。現在は高級料亭として活用中。敷居が高い。洋館、日本館など6棟の国登録有形文化財で構成されている。 公式サイト

旧弘前無尽社屋。現役の商業ビルとして使われている。

背の高い望楼が特徴。派出所と消防屯所が入居する施設だった。

消防団の屯所。そのためか望楼がついている。

前川國男のデビュー作であり、国内最古級のモダニズム様式。極限まで装飾を廃し、直線的なコンクリートとガラスで構成されている。内部は基本無機質な暗さがあるが、自然光が明るいコントラストを生んでいる。冷たさも、温かさも感じられ … 続きを読む

老舗和菓子店。2024年に閉店している。奥には一戸時計店が見える。