No.00335
番町1丁目のT邸

番町は近くに大きな道路の通る閑静な住宅街である。ここには質の高い洋館が現在でも数棟残されている。 こちらは竣工年不明だが昭和初期だろう。矩形を強調したモダンな外観である。

No.00334
出石町の看板建築群(3件)

cafe antennaやコットン古都夢などの看板が出ている看板建築群。狭い範囲に数件並んでいる。中出石町集会所というモルタルの書き文字もある。どの建物も左官職人による立派なレリーフ、モルタル装飾が見える。

No.00326
旧旭東幼稚園園舎

江川三郎八建築の1つ。岡山市立中央図書館の近くに移築されている。八角形の遊戯室を中央に配置し、そこから放射状に保育室が延びる独特な平面配置。梅鉢型園舎と呼ばれ、全国各地で流行した。その開祖と呼べる建築である。外観はハーフ … 続きを読む

No.00323
旧NHK岡山放送局

大きく突き出た庇が特徴のモダニズム建築。小高い丘の赤坂台に建つNHKの昭和初期の遺構。NHKの近代建築とか他の例を知らない。本館の他にスクラッチタイルの門柱、下見板張りの倉庫、その横に見えるRC造の電池庫が現存している。 … 続きを読む

No.00322
旧制第六高等学校柔道場

岡山県立朝日高校の敷地内に残る木造の大きな柔道場。和の極地である柔道場を洋風の小屋組で仕上げるのは不思議だが当時の流行である。

No.00311
大手饅頭伊部屋 京橋本店

京橋西橋詰め近くにある。創業天保8年(1837)の老舗企業で、藩主からも寵愛された。大手門の近くに店を構えていることから「大手まんぢゅう」の名をいただいたと伝わる。 切妻屋根に唐破風の玄関庇をもつ銅板張り。竣工年は不明だ … 続きを読む

No.00307
岡山禁酒会館

後ろに見える岡山城西丸西手櫓も国重文。 岡山の近代建築の象徴的存在。岡山城、後楽園の玄関口にあたる城下筋にある木造の洋館。現在は雑居ビルのようになっており、自由に立ち入れる。急勾配で狭い階段に、木の軋みが聞こえ風情満点で … 続きを読む

No.00302
旧ウィン館

コロニアル様式の洋館。金沢の近代建築、何もかもが揃いすぎである。 現北陸学院の創設者、メリーヘッセルを招聘したアメリカプロテスタントの宣教師トーマス・ウィン自らが設計した宣教師館である。ウィンは県中学師範学校の教授として … 続きを読む

No.00299
旧金沢偕行社

陸軍将校のための厚生社交クラブ会館。師団のある全国各地に建てられたが現存例はそう多くない。弘前や善通寺、岡山、旭川、豊橋などに遺されている。 社交クラブの側面からか、陸軍施設の中でも特に華やかかつ大型な施設になりがちで重 … 続きを読む

No.00298
旧第九師団司令部庁舎

明治期の陸軍が特に好んだ、三角破風を多用したルネサンス風の木造庁舎である。師団レベルとなると流石に大きい。同年竣工の第十一師団司令部庁舎(香川県善通寺市)とほぼ同様のデザインである。 元は金沢城内にあったが、2度の移築を … 続きを読む

No.00297
旧陸軍第九師団長官舎

金沢城に拠点を置いた第九師団のトップの官舎。師団は25000人規模でトップは中将が務めた。師団長官舎の現存例は、他には弘前、上越、豊橋、姫路、仙台、久留米がある。軍事施設とは思えない軽妙な印象を受けるハーフティンバー調で … 続きを読む

No.00296
川上幼稚園

市内唯一のヴォーリズ設計。幼稚園の前身が1898年のカナダメソジスト婦人宣教師による授産所であるため、宗教的なご縁があったのだろう。 妻飾りとして半円アーチ窓風の飾りがついている。鎧戸部分はともかく半円アーチ部分は木枠だ … 続きを読む

No.00289
旧石川県警察本部長公舎

本部長は県警の一番偉い人。何故か金沢大学鶴間キャンパスの一角に移築されている。 和洋折衷の外観で、洋館部分は下見板張りでバージボードを設けている。明治期の和洋折衷住宅として完成度の高い文化財だが、2025年度に解体保存さ … 続きを読む

No.00281
石引2丁目の洋館

ドイツ屋根、下見板張り、ハーフティンバー、妻飾り、出窓の洋館。多すぎる。ここは珍しく手前に文化住宅の洋棟のような平屋の建屋がついている。

No.00280
小立野2丁目の洋館

下見板張りで、幾何学的な妻飾りをもつ、ハーフティンバーの、出窓つき洋館。 今回の記事を書くにあたって、2023 年10月までに解体されていることが確認された。

No.00279
旧石川家住宅主屋

退役陸軍大佐の住宅。何故かこの小立野周辺では下見板張りで、幾何学的な妻飾りをもち、幾何学的な窓をもつ出窓をもつ洋館が多い。 ちなみに2021年8月の来訪以降、外壁塗装は変わっており今はライムグリーンよりである。

No.00278
飯田家住宅主屋

ハーフティンバー調、白下見板張りの洋館。元は旧制金沢医科大学(現金沢大医学部)の学長須藤憲三の自邸として建てられた。須藤のドイツ留学の経験が活かされた最新の洋式住宅である。

No.00275
西検番事務所

にし茶屋街の芸妓たちの稽古場や事務所を兼ねていた建物。茶屋街の建物は和の趣が強いものが多かった中、何故かゴリゴリの洋風建築である。 唐草模様の装飾の入る玄関ポーチにはバージボードがついている。

No.00274
山錦楼

木造3階建ての大規模な料亭建築。木造3階の圧は凄いが元は2階建てだったものを増築した。明治〜大正期は木造建築も高層化しており、流行りに乗ったものであるが現存例は大変貴重である。 ちなみにここにも群青の間がある。

No.00271
旧石川師範学校守衛舎

現在は金沢市立泉中学校の敷地に残されている。元は師範学校の建物で、1914年に当地に移転し15年に新校舎落成式を行っているのでその頃のものと思われる。(便宜上1914年竣工とした) アール・ヌーヴォーの有機的曲線の持ち送 … 続きを読む

No.00267
辻家庭園(金茶寮)

男爵横山隆平の弟、隆興が迎賓館兼別荘として建てた近代和風建築と庭園。江戸時代は加賀八家、維新後は鉱山業で財を成した横山家の青天井予算で造営されており、庭園は七代目小川治兵衛によるものである。(ちなみに内装は前田家特有のラ … 続きを読む

No.00260
旧第九野戦砲兵連隊将校集会所

現在は金沢駐屯地の敷地になっているため、見学は事前申請が必要である。尚古館として明治時代からの軍服や銃などを展示している。正面は木造下見板張りで直線的な玄関棟がつく。

No.00256
旧金沢第三中学校玄関棟

現在は石川県立金沢桜丘高校の三桜会館として玄関部分のみが保存されている。三中開校当初の遺構だったが新校舎建造の際に大部分を解体。卒業生らの強い要望により、校舎の一部に無理やり玄関部分を移築する形で残された。 垂直性を強調 … 続きを読む

No.00254
八田家住宅

森本〜津幡駅間にある近代和風建築。大規模な金沢町家で妻面を大きく見せる。 現地で知ったが、八田與一の生家でもある。台湾に当時世界一の大きさだった烏山頭ダム(八田ダム)を建て、対戦期に台湾行きの客船が撃沈し殉職した悲劇の技 … 続きを読む