No.00331岡山大学医学部鹿田会館・講堂

正門を挟む2棟のうち、西側。東側の医学資料棟と同じくスクラッチタイル貼りの大きな建物。ライト風アール・デコの典型で、水平を強調した太い庇と、アールのついた角が特徴的である。 ミュンヘンで全く同じ建物が見つかっているらしい … 続きを読む
これまで訪れ、撮影した近代建築の記録です。理想のUIを求めて作りました。記事の訂正追記等は気軽にコメントしてください。メニューから様々な条件で検索することも可能です。

正門を挟む2棟のうち、西側。東側の医学資料棟と同じくスクラッチタイル貼りの大きな建物。ライト風アール・デコの典型で、水平を強調した太い庇と、アールのついた角が特徴的である。 ミュンヘンで全く同じ建物が見つかっているらしい … 続きを読む

元は岡山医科大学の栄養学棟、附属図書館、サークル棟。正門を挟んで両サイドに位置する大きなスクラッチタイル貼りの建物のうち、東側にある方。これだけ大きな建物なのに情報が出てこない……。 垂直性と水平性を意識させたモダニズム … 続きを読む

構内の奥の方に残る。旧制岡山医科大学の遺構。

前身の岡山医科大学の遺構。平屋なのにスレート屋根である。

旧制岡山医科大学(現岡山大学医学部鹿田キャンパス)の遺構。基礎に花崗岩、煉瓦の門柱の柱頭はセセッションのデザイン。

江川三郎八建築の1つ。岡山市立中央図書館の近くに移築されている。八角形の遊戯室を中央に配置し、そこから放射状に保育室が延びる独特な平面配置。梅鉢型園舎と呼ばれ、全国各地で流行した。その開祖と呼べる建築である。外観はハーフ … 続きを読む

岡山県立朝日高校の敷地内に残る木造の大きな柔道場。和の極地である柔道場を洋風の小屋組で仕上げるのは不思議だが当時の流行である。

東書庫に接続する形で増築された部分。明治期の土蔵のような雰囲気から一転して、RC造陸屋根のモダンなデザインになっている。

現岡山県立岡山朝日高校の敷地に残る旧制六高の遺構。1枚目の右側が東書庫。隣接する西書庫は後年のものである。切妻屋根の桟瓦葺で外壁はモルタル。

現岡山県立岡山朝日高校。旧制高校の中でも校名が数字のナンバースクールは全国に8校しかないが、唯一現代の高校が校地を引き継いでいる例。東京の一高は東大駒場、二高は東北大といった具合に、旧制高校は多くが現代の大学に引き継がれ … 続きを読む

通りがかりに偶然発見、撮影。沿革と様式から察するに大正12年(1923)の三勲尋常小学校開校時のもの。後から調べたところ門柱も煉瓦の大正らしいもの。公立小学校にしては異常に立派なもので、別の施設の転用も疑ったが違うようだ … 続きを読む

岡山城西ノ丸跡に建つ公立小学校。県内ではかなり貴重な近代RC校舎である。たまたま泊まったホテルの窓から全容が見えた。1933年の竣工から1934,1937年と2度に渡り増築している。(正門側から西に向けて増築) 2026 … 続きを読む

急勾配で色違いの尖塔を左右におき、中央には大きな三角屋根を置いたことから「三尖塔校舎」と呼ばれていた。飾りとして三角屋根を親の仇の如く配置し、小庇は二重になっており、妻飾りや玄関ポーチには透かし彫りが施されている。木造の … 続きを読む

市内唯一のヴォーリズ設計。幼稚園の前身が1898年のカナダメソジスト婦人宣教師による授産所であるため、宗教的なご縁があったのだろう。 妻飾りとして半円アーチ窓風の飾りがついている。鎧戸部分はともかく半円アーチ部分は木枠だ … 続きを読む

外壁は人造石洗い出し。附属図書館書庫と似たデザインだがもじゃもじゃ過ぎて見えない。窓枠に煉瓦を使っている。

スクラッチタイル貼り。壁には柱を模した凹凸がある。

RC造の書庫。垂直性を強調し、四隅には柱形を飾る。

やたら綺麗だが復元したもののようだ。現在の金沢医科大学は私立校だが、旧制金沢医科大学は官立の学校で現金沢大学医学部である。全くの無関係であり、ややこしい。

現在は金沢市立泉中学校の敷地に残されている。元は師範学校の建物で、1914年に当地に移転し15年に新校舎落成式を行っているのでその頃のものと思われる。(便宜上1914年竣工とした) アール・ヌーヴォーの有機的曲線の持ち送 … 続きを読む

創業者の名前を冠してヘッセル館と呼ばれているが検索しても情報の出てこない謎の施設。ヴォーリズっぽさがある。

現在は石川県立金沢桜丘高校の三桜会館として玄関部分のみが保存されている。三中開校当初の遺構だったが新校舎建造の際に大部分を解体。卒業生らの強い要望により、校舎の一部に無理やり玄関部分を移築する形で残された。 垂直性を強調 … 続きを読む

市内では恐らく唯一の木造小学校校舎。山奥にある。

正門横にある下見板張りでノコギリ状の軒飾りがある守衛所。本館と同時期と思われるが数度の移転を経て現在地に至っている。 写真は2021年のものだが、ここから改修され綺麗になり、更に文化財にもなった。

明治の高等教育機関は、明治19年(1886)の帝国大学令に基づき全国を五つの学区に分け、それぞれ一高(東京)、二高(仙台)、三高(京都)、四高(金沢)、五高(熊本)に「高等中学校」が設けられた。その後明治27年(1894 … 続きを読む

現在は櫛引八幡宮の境内に移築され、明治記念館として公開されている。 明治天皇の行在所としても使われた当時最新の洋館で、下見板張り、色ガラス、オーダー装飾や軒蛇腹など見所は多い。 弘前の鏡ヶ丘記念館が県内最古のを謳っている … 続きを読む

現在は青森市中世の館の別館として使われている。どう考えたって昭和初期の鉄筋コンクリート造だが、驚くことに木造モルタルである。

現在は青森県立弘前高校の鏡が丘記念館として保存されている。旧制中学校としては県内最古の現存例であり、大きかった校舎の一部のみが現在地に移築される形で残された。それでも大きい。ややアンバランスな大きな窓が素敵である。

敷地内に旧野砲兵第8連隊兵舎が残されている学校で今も運用されている。

旧新潟師範学校記念館。当初用途は1階が陳列室、2階が集会所だった。この写真は2019年のものだが、今は窓枠が新しくなっている。公開施設。

平成9年の復元。 参考 公式サイト

旧上田生糸専門学校の講堂です。