No.00329岡山市岡山大学医学部弓道場

構内の奥の方に残る。旧制岡山医科大学の遺構。
これまで訪れ、撮影した近代建築の記録です。理想のUIを求めて作りました。記事の訂正追記等は気軽にコメントしてください。メニューから様々な条件で検索することも可能です。

構内の奥の方に残る。旧制岡山医科大学の遺構。

前身の岡山医科大学の遺構。平屋なのにスレート屋根である。

江川三郎八建築の1つ。岡山市立中央図書館の近くに移築されている。八角形の遊戯室を中央に配置し、そこから放射状に保育室が延びる独特な平面配置。梅鉢型園舎と呼ばれ、全国各地で流行した。その開祖と呼べる建築である。外観はハーフ … 続きを読む

大きく突き出た庇が特徴のモダニズム建築。小高い丘の赤坂台に建つNHKの昭和初期の遺構。NHKの近代建築とか他の例を知らない。本館の他にスクラッチタイルの門柱、下見板張りの倉庫、その横に見えるRC造の電池庫が現存している。 … 続きを読む

岡山県立朝日高校の敷地内に残る木造の大きな柔道場。和の極地である柔道場を洋風の小屋組で仕上げるのは不思議だが当時の流行である。

現「おはなしのつづき」。アートギャラリーとして使われている。

個人邸としては違和感がある。元は病院だったりしないか。

現町家ゲストハウスあかつき屋の隣。切妻屋根とベイウィンドウが特徴。

金沢城に拠点を置いた第九師団のトップの官舎。師団は25000人規模でトップは中将が務めた。師団長官舎の現存例は、他には弘前、上越、豊橋、姫路、仙台、久留米がある。軍事施設とは思えない軽妙な印象を受けるハーフティンバー調で … 続きを読む

市内唯一のヴォーリズ設計。幼稚園の前身が1898年のカナダメソジスト婦人宣教師による授産所であるため、宗教的なご縁があったのだろう。 妻飾りとして半円アーチ窓風の飾りがついている。鎧戸部分はともかく半円アーチ部分は木枠だ … 続きを読む

詳細不明の洋館。様式的には昭和初期。

武家住宅のひとつ。

本部長は県警の一番偉い人。何故か金沢大学鶴間キャンパスの一角に移築されている。 和洋折衷の外観で、洋館部分は下見板張りでバージボードを設けている。明治期の和洋折衷住宅として完成度の高い文化財だが、2025年度に解体保存さ … 続きを読む

ドイツ屋根、下見板張り、ハーフティンバー、妻飾り、出窓の洋館。多すぎる。ここは珍しく手前に文化住宅の洋棟のような平屋の建屋がついている。

下見板張りで、幾何学的な妻飾りをもつ、ハーフティンバーの、出窓つき洋館。 今回の記事を書くにあたって、2023 年10月までに解体されていることが確認された。

退役陸軍大佐の住宅。何故かこの小立野周辺では下見板張りで、幾何学的な妻飾りをもち、幾何学的な窓をもつ出窓をもつ洋館が多い。 ちなみに2021年8月の来訪以降、外壁塗装は変わっており今はライムグリーンよりである。

ハーフティンバー調、白下見板張りの洋館。元は旧制金沢医科大学(現金沢大医学部)の学長須藤憲三の自邸として建てられた。須藤のドイツ留学の経験が活かされた最新の洋式住宅である。

にし茶屋街の芸妓たちの稽古場や事務所を兼ねていた建物。茶屋街の建物は和の趣が強いものが多かった中、何故かゴリゴリの洋風建築である。 唐草模様の装飾の入る玄関ポーチにはバージボードがついている。

現在は金沢市立泉中学校の敷地に残されている。元は師範学校の建物で、1914年に当地に移転し15年に新校舎落成式を行っているのでその頃のものと思われる。(便宜上1914年竣工とした) アール・ヌーヴォーの有機的曲線の持ち送 … 続きを読む

2階までぶち抜きの出窓、窓の格子のデザイン、サンルームなど昭和初期の洋風住宅の趣を強く残している。

現在は金沢駐屯地の敷地になっているため、見学は事前申請が必要である。尚古館として明治時代からの軍服や銃などを展示している。正面は木造下見板張りで直線的な玄関棟がつく。

現在は石川県立金沢桜丘高校の三桜会館として玄関部分のみが保存されている。三中開校当初の遺構だったが新校舎建造の際に大部分を解体。卒業生らの強い要望により、校舎の一部に無理やり玄関部分を移築する形で残された。 垂直性を強調 … 続きを読む

金石地区にある木造の醤油工場群。見学ができる。閑静な観光スポットである。

市内では恐らく唯一の木造小学校校舎。山奥にある。

この辺りには金沢紡績(後の大和紡績)の巨大な工場群があった。1919年に開業し、23-27年にかけて用地を取得して工場棟を整備していったが、1993年に廃業。その後市が取得して金沢市民芸術村として整備された。下見板張りの … 続きを読む

下見板張りに大きな寄棟屋根を乗せ、矩形の窓が連続する。昭和初期の洗練された木造近代建築であるが窓の位置が高くバランスが悪い。玄関周りのデザインがモダンである。村役場にしては大きい。

正面に鐘楼塔を置き奥に広く三廊式バシリカを設ける本格的なカトリック教会。来訪時(2021年夏)は工事中だった。

正門横にある下見板張りでノコギリ状の軒飾りがある守衛所。本館と同時期と思われるが数度の移転を経て現在地に至っている。 写真は2021年のものだが、ここから改修され綺麗になり、更に文化財にもなった。

元々は金沢地検検事正の官舎があったが、そこに高峰譲吉博士(主な功績にアドレナリンの創製)の生家を移築して繋げるという謎の整備をされた公園。公開施設だが訪問時は閉まっていた。ちなみに官舎自体も兼六園にあったものを道路工事の … 続きを読む

尾崎神社と旧検事正官舎に挟まれてる洋館。

立地的に田上家と関係していると思われる。

ひがし茶屋街の裏通りにある。和洋折衷の造りで玄関棟だけ郵便局のような洋風下見板張りにしている。

往来の激しい国道159号線から丸見えという好立地にありながら、何故か朽ち果てた状態で時を刻む明らかに明治期の洋館。元は病院。存在感が凄い。

現在はレストランとして使われる公開施設。1910年に師団長に着任した長岡外史の指示で建設された洋風の大規模な官舎である。他の師団長官舎(弘前と豊橋)と比べデカ過ぎる。 下見板張り、スティックスタイル様式で内部は和洋折衷。 … 続きを読む

クラウドファンディングでの再生を目指している旧医院。写真はクラファンで寄付した人への特典で内部見学をした時のもので、現在も整備は続く。 日本館の裏に西洋館が並ぶ。内部には貴賓室やステンドグラスなどがある。

7代続く医家。洋館の病棟部の他数件が国登録有形文化財が残る。

現相川郷土博物館。撮影後に改修され綺麗になった。手前の棟は1887年に鉱山事務所として建てられ、後に後方に御料局佐渡支庁として1896年に増築された。 佐渡金山は明治時代は皇室領だったため、宮内省御料局が管理していた。そ … 続きを読む

育成厩舎。奥のマンサード屋根部分は戦後の増築。

現在は櫛引八幡宮の境内に移築され、明治記念館として公開されている。 明治天皇の行在所としても使われた当時最新の洋館で、下見板張り、色ガラス、オーダー装飾や軒蛇腹など見所は多い。 弘前の鏡ヶ丘記念館が県内最古のを謳っている … 続きを読む

正面中央のガラス窓がインパクト抜群。

近隣の消防屯所とはやや異なるデザイン。