No.00143盛田牧場一号厩舎

競走馬を飼育していた老舗牧場。2006年に閉鎖されたものの、戦前〜戦後期に東京ダービーの優勝馬を輩出するなど本州の名門ファームだった。現在は金子ファームという畜産牧場になっている。 この建物は敷地内最古の施設で、茅葺き屋 … 続きを読む
これまで訪れ、撮影した近代建築の記録です。理想のUIを求めて作りました。記事の訂正追記等は気軽にコメントしてください。メニューから様々な条件で検索することも可能です。

競走馬を飼育していた老舗牧場。2006年に閉鎖されたものの、戦前〜戦後期に東京ダービーの優勝馬を輩出するなど本州の名門ファームだった。現在は金子ファームという畜産牧場になっている。 この建物は敷地内最古の施設で、茅葺き屋 … 続きを読む

八戸小学校講堂の撮影の際偶然見つけたもの。詳細不明だが大正〜昭和初期の建物と思われる。

明治の遊郭の趣を伝える建物。この一帯は小中野新地があった。現在もやたら道幅の広い道路に名残が残っている。 新むつ旅館として営業しており当時宿泊しようと電話したが繋がらず、後に女将の体調不良と直後の逝去が分かった。現在は閉 … 続きを読む

他の屯所と比べるとやや洋風寄りで、直線的でありスタイリッシュな印象を受ける。 玄関部分が出っ張っているのは、昭和15年に購入した消防車を格納するために増築したためである。

三戸駅近くにあるセセッションの豪邸。関東大震災直後の建物で、材木集めに苦労したらしい。 設計者は東京の遠藤氏として伝わっている。年代的に遠藤於菟ではないかと思うが、確証は無い。調査中。それにしても凄まじい存在感である。

火の見櫓が大きくてバランスが悪いが近代建築の愛おしい点ともいえる。

用途が全く分からないが墓所の前にある洋風屋根の何か。

地元名士、清藤盛美が9年の歳月をかけ築庭した。日本庭園、和洋折衷の独特な邸宅はともに高い評価を受けている。普通、和洋折衷は母屋と洋館に並列するか、内装の一部のみ和風(洋風)か、屋根だけ違うことが多いが縦にはっきり別れるの … 続きを読む

現在は家具屋として使われている。母屋は明治期、手前に見える洋館部分は昭和20年代の増築。

弘前駅近く。妻面は漆喰壁と見せかけて煉瓦の窓枠のモダンなデザインで、切妻屋根の本棟から横に生える形で洋風のモルタル塗りの事務所棟がついている。

現在はホテルのレストランとして使われている。

現在非公開。これ程の大物にも関わらず痛みは激しく、予後が心配である。

詳しい場所は失念したが、移動中に偶然出会った個人住宅。 西大畑町の洋館。 2番町の辺り。

石油王清水常作の邸宅を北方文化博物館の館長伊藤文吉が大正初期に購入したもの。晩年の會津八一も起居していたという。

昭和中期に老朽化で解体されたがその後復原された。

東日本最古の近代建築とされている。開港五港(函館、新潟、横浜、神戸、長崎)に造られた税関のうち唯一現存する遺構である。

山林王諸戸清六の邸宅。コンドル唯一の地方物件。