No.00211旧金沢検事正官舎

元々は金沢地検検事正の官舎があったが、そこに高峰譲吉博士(主な功績にアドレナリンの創製)の生家を移築して繋げるという謎の整備をされた公園。公開施設だが訪問時は閉まっていた。ちなみに官舎自体も兼六園にあったものを道路工事の … 続きを読む
これまで訪れ、撮影した近代建築の記録です。理想のUIを求めて作りました。記事の訂正追記等は気軽にコメントしてください。メニューから様々な条件で検索することも可能です。

元々は金沢地検検事正の官舎があったが、そこに高峰譲吉博士(主な功績にアドレナリンの創製)の生家を移築して繋げるという謎の整備をされた公園。公開施設だが訪問時は閉まっていた。ちなみに官舎自体も兼六園にあったものを道路工事の … 続きを読む

尾崎神社と旧検事正官舎に挟まれてる洋館。

和洋折衷の文化住宅の一種だが母屋も洋館も異様に大きいのは、店舗兼住宅で洋館部分を店舗棟にしていたからである。洋館の窓枠に彫りの深いアカンサス様のモールディングを施している。 谷生は明治元年創業の老舗古美術商で、当代で6代 … 続きを読む

ひがし茶屋街を形成する金沢町家の1つ。

田上診療所の住宅部分。こちらの方が1年早い。

立地的に田上家と関係していると思われる。

自宅兼診療所。タイルで様々な色彩や文様を作っているモダンな作り。施主はドイツ留学後に細かく口出ししたようで、当時流行っていたユーゲントシュティール(アール・ヌーヴォーのドイツ版)の影響を強く受けている。

金沢大医学部の教授を務めた医者の邸宅。長らく廃墟状態であったが、ここ数年で保存のために外観だけは整備された。邸宅としてはかなりの規模。

移動中に偶然見つけたもので詳細不明。元は何かの社屋ではないかと思われる。

江戸末期の金沢町家。金沢町家の特徴として、2階に大きい風返しがついている。現在はひがし茶屋休憩館として公開されている。

ひがし茶屋街の裏通りにある。和洋折衷の造りで玄関棟だけ郵便局のような洋風下見板張りにしている。

ひがし茶屋街から天神橋にかけての道中にある。モルタル壁の洋風住宅。

創業は明治42年(1909)の老舗洋食レストラン。よく見ると切妻屋根がぴょこっと見えているので看板建築である。昭和8年(1933)の改修で今の姿になったらしい。古写真では独特なレリーフが無いためこちらは近年の装飾か。

現在はクラフトビールのバーになっている。

あぶらとり紙などを扱う企業で、沢田医院と隣接している。

往来の激しい国道159号線から丸見えという好立地にありながら、何故か朽ち果てた状態で時を刻む明らかに明治期の洋館。元は病院。存在感が凄い。

和洋折衷の文化住宅。洋棟のデザインは他に類を見ない独自のものである。また入母屋屋根の玄関口も大変立派。

写真は北側からの物しかないが、西側がギザギザしていて面白い。恐らく窓を増やして2面から明かりを採りたかったのだろう。モダニズムの影響を感じさせる。

右側の明らか戦後増築部分ができる前はどんな姿だったのだろうか。