月: 2026年1月
No.00267辻家庭園(金茶寮)

男爵横山隆平の弟、隆興が迎賓館兼別荘として建てた近代和風建築と庭園。江戸時代は加賀八家、維新後は鉱山業で財を成した横山家の青天井予算で造営されており、庭園は七代目小川治兵衛によるものである。(ちなみに内装は前田家特有のラ … 続きを読む
No.00266田辺家住宅主屋

2階までぶち抜きの出窓、窓の格子のデザイン、サンルームなど昭和初期の洋風住宅の趣を強く残している。
No.00265森紙店

市街地唯一の板葺き石置き屋根の町家。江戸末期のものなので厳密に近代建築とは言えないがインパクト大なので載せることとした。
No.00264武内酒造店

近隣にしか卸さない酒蔵。御所泉などで知られる。明治期の建物であり、明治11年(1878)の竣工。その後明治31年(1898)にも増築。
No.00263泉本町のK邸

同名の学校法人が隣接しているため創業者宅と思われる。単調な白壁にならないように、コーナーにタイルを置いている。
No.00262旧北陸女学院外国人教師館

創業者の名前を冠してヘッセル館と呼ばれているが検索しても情報の出てこない謎の施設。ヴォーリズっぽさがある。
No.00261金沢駐屯地旧覆馬場

覆馬場とは、屋内型の馬教練場である。煉瓦の躯体に大きな切妻屋根を乗せ、壁面に段差状のバットレスをもつ陸軍の覆馬場は全国各地にあり(旭川、盛岡、弘前(解体済))、共通の設計図があったと思われる。
No.00260旧第九野戦砲兵連隊将校集会所

現在は金沢駐屯地の敷地になっているため、見学は事前申請が必要である。尚古館として明治時代からの軍服や銃などを展示している。正面は木造下見板張りで直線的な玄関棟がつく。
No.00259末浄水場緩速濾過池など

末浄水場の近代以降は片っ端から国登録有形文化財になっており、敷地内に12件ある。
No.00258末浄水場旧着水井上屋

末浄水場は今も多くの近代建築が残る。これは入口から目立つ位置にある。直線的な庇や丸窓で構成されたアール・デコ調のデザイン。
No.00257雀橋

橋上から見ると普通の橋だが、側面を見るとなんと驚きのイギリス積みレンガアーチ。橋上は改修されつつもそれ以外は殆ど変わっていないのだろう。この橋を現存最古の道路用レンガ橋としている記事もあるが、現役の車道橋として東京都福生 … 続きを読む
No.00256旧金沢第三中学校玄関棟

現在は石川県立金沢桜丘高校の三桜会館として玄関部分のみが保存されている。三中開校当初の遺構だったが新校舎建造の際に大部分を解体。卒業生らの強い要望により、校舎の一部に無理やり玄関部分を移築する形で残された。 垂直性を強調 … 続きを読む
No.00254八田家住宅

森本〜津幡駅間にある近代和風建築。大規模な金沢町家で妻面を大きく見せる。 現地で知ったが、八田與一の生家でもある。台湾に当時世界一の大きさだった烏山頭ダム(八田ダム)を建て、対戦期に台湾行きの客船が撃沈し殉職した悲劇の技 … 続きを読む
No.00253直源醤油醸造工場

金石地区にある木造の醤油工場群。見学ができる。閑静な観光スポットである。
No.00252旧金沢市立上平小学校

市内では恐らく唯一の木造小学校校舎。山奥にある。
No.00251粟崎遊園本館入口

日本海側の小さな町内灘町には、かつて宝塚遊園のような巨大アミューズメントパークがあった。材木王平沢嘉太郎が私財を投げ打って大劇場、温泉、動物園などを作ったのである。平沢は浅野川電鉄の社長でもあり、阪急や西武の鉄道と観光地 … 続きを読む
No.00250沖彌一郎商店

創業嘉永6年(1853)。建物は大正期あたりに建てられたか後ろを増築していると思われる。金石地区の景観を作る貴重な建物である。
No.00249観田家住宅

金石地区に残る廻船問屋商の屋敷。
No.00248旧金沢紡績工場棟

煉瓦倉庫が続く。現在は金沢市民芸術村として使われている。建てられたのは1923-27年である。
No.00247旧金沢紡績金沢工場事務所棟

この辺りには金沢紡績(後の大和紡績)の巨大な工場群があった。1919年に開業し、23-27年にかけて用地を取得して工場棟を整備していったが、1993年に廃業。その後市が取得して金沢市民芸術村として整備された。下見板張りの … 続きを読む
No.00246旧戸板村役場庁舎

下見板張りに大きな寄棟屋根を乗せ、矩形の窓が連続する。昭和初期の洗練された木造近代建築であるが窓の位置が高くバランスが悪い。玄関周りのデザインがモダンである。村役場にしては大きい。
No.00245旧金石警察署庁舎

金沢市の海側、金石地区の近代建築。鉄筋コンクリート造でセセッションやアール・デコの影響を強く受けた斬新なデザインをしている。2階正面の蛇腹の柱飾りや、玄関の飛び出した柱頭装飾など独自路線が過ぎている。柱頭だけ飛び出してる … 続きを読む
No.00244旧陸軍弾薬庫隧道

金沢城の石垣にどデカく開けられた煉瓦トンネル。とにかく大きい。当然ながら石垣は貴重な文化財であり、現代の感覚では暴挙としか言えない大穴だが、当時は保護の感覚も薄かったのだろう。今では逆にこの穴が文化財になるのだから不思議 … 続きを読む
No.00243旧第六旅団司令部

陸軍の施設。切妻屋根、ルネサンス風の庁舎は明治期陸軍のあるあるで全国に類例が残る。テンプレがあったのだろう。 城内に陸軍が駐屯したケースは多く(藩主なき後の広大な敷地をもつ元軍事用地だから大変合理的である)、金沢には明治 … 続きを読む
No.00242尾山神社本殿玉垣

尾山神社創建当初の遺構。本殿など創建時の建物は伝統的な様式だったがこの玉垣だけは何故か煉瓦造であり、神門の布石だと言われている。 なお、公式サイトによるとこれが県内初の煉瓦使用例になるそうだ。
No.00241尾山神社神門

神社の門として建てられた、擬洋風建築の山門である。和漢洋折衷の、特異な外観の存在感は凄まじく、近代建築抜きに金沢観光の目玉になっている。 尾山神社は明治6年に藩祖前田利家を祀るために創建された比較的新しい神社であり、前例 … 続きを読む
No.00240岡田屋表具店

リフォームにより新しい建物に見えるが、細長いの窓のデザインや瓦屋根から看板建築だったことが伺える。 この辺りはやたら看板建築が残されており、玉さく旗幕商会、山崎太可堂薬局、とっくりやと4軒まとめて50mも無いところに密集 … 続きを読む
No.00239とっくりや

正面は地味だが側面(南北側道路面)は半円アーチ状のパラペットを立ち上げ、銅板張りにしている。
No.00238山崎太可堂薬局

事前の調査リストには無かったもの。モダンな趣が強い看板建築で石積み風の筋彫りが入っている。玉さく旗幕商会の近くにある。
No.00237旧玉さく旗幕商会

現在は飲食店の焼肉千鳥になっている。ストリートビューを追う限り、2018年頃に廃業している。
No.00236旧金沢地方専売局たばこ製造工場

現在は金沢市立図書館別館として使われている煉瓦造の工場棟。
No.00235金沢町屋兼六

元は明治期の町家を昭和初期に増築。キーストーン風の装飾がやたら大きい。
No.00234アキノ薬局

最近の建材で外観を覆われており往時の看板建築装飾は隠れている。が、足元に僅かに痕跡が見える。
No.00229香林坊の文化住宅

アールのついた洋館部分が見える。
No.00228金沢聖霊修道院聖堂

正面に鐘楼塔を置き奥に広く三廊式バシリカを設ける本格的なカトリック教会。来訪時(2021年夏)は工事中だった。
No.00227旧佐野家住宅

現在は金沢学生のまち市民交流館として市の管理となっている。元は藩士の流れを汲む資産家佐野久太郎氏の邸宅であり、立派な襖絵などが残っている。近代和風建築の1つであり蔵風の建物はよく見るとガラスを使っておりモダンである。
No.00226香林坊らくや

和洋折衷の文化住宅のような外観だが現在は居酒屋。洋館部分が大分セセッション風味で珍しい。
No.00225旧石川県庁舎

国内で現存最古のRC造県庁舎である。設計は矢橋賢吉(代表作は国会議事堂)であり、全体的にアール・デコ調の独特な装飾でまとめられている。 現在は石川県政記念しいのき迎賓館として部分保存され公開されている。正面からは大正ロマ … 続きを読む
No.00224旧制第四高等中学校門衛所

正門横にある下見板張りでノコギリ状の軒飾りがある守衛所。本館と同時期と思われるが数度の移転を経て現在地に至っている。 写真は2021年のものだが、ここから改修され綺麗になり、更に文化財にもなった。
No.00223旧制第四高等中学校本館

明治の高等教育機関は、明治19年(1886)の帝国大学令に基づき全国を五つの学区に分け、それぞれ一高(東京)、二高(仙台)、三高(京都)、四高(金沢)、五高(熊本)に「高等中学校」が設けられた。その後明治27年(1894 … 続きを読む
No.00221三井銀行金沢支店

竣工年不明の銀行建築。三井系列の銀行であり設計は曽禰中條建築事務所によるものと分かっており、同事務所は1930年代に多くの三井銀行支店を作っている。しかしその多くがイオニア式のオーダーであり、金沢支店はやや質素である。オ … 続きを読む
No.00220里見町の洋館

袴腰屋根に2連半円アーチ窓、ハーフティンバー調の外観の洋館。偶然見つけたもので詳細不明。
No.00219シェアハウス油車

移動中に偶然見つけたもので詳細不明。様式的に昭和初期か中期ではないか。






