No.00327岡山大学医学部 正門

旧制岡山医科大学(現岡山大学医学部鹿田キャンパス)の遺構。基礎に花崗岩、煉瓦の門柱の柱頭はセセッションのデザイン。
これまで訪れ、撮影した近代建築の記録です。理想のUIを求めて作りました。記事の訂正追記等は気軽にコメントしてください。メニューから様々な条件で検索することも可能です。

旧制岡山医科大学(現岡山大学医学部鹿田キャンパス)の遺構。基礎に花崗岩、煉瓦の門柱の柱頭はセセッションのデザイン。

現岡山県立岡山朝日高校。旧制高校の中でも校名が数字のナンバースクールは全国に8校しかないが、唯一現代の高校が校地を引き継いでいる例。東京の一高は東大駒場、二高は東北大といった具合に、旧制高校は多くが現代の大学に引き継がれ … 続きを読む

三勲小学校近くの小橋。この辺りは1938年の旧国道開通時の遺構と思われる。 参考

通りがかりに偶然発見、撮影。沿革と様式から察するに大正12年(1923)の三勲尋常小学校開校時のもの。後から調べたところ門柱も煉瓦の大正らしいもの。公立小学校にしては異常に立派なもので、別の施設の転用も疑ったが違うようだ … 続きを読む

京橋と併置されている水道管。明治37年(1904)の完成で、岡山市は翌明治38年から上水道を開通しているので県内最初期の水道施設であるとともに、県内最古の鋼トラス橋、全国最古の鋼製水管橋である。この橋ができた頃は京橋は先 … 続きを読む

旭川に架かる130m近い橋で、近くには県の道路元標があるなど古くから交通の要衝として栄えていた。今も路面電車が中央を通っている。 橋脚が鉄管柱の道路橋は全国2例しかないらしい。

鉄砲足軽20人を住まわせたことが坂名の由来。近くの陸軍基地を繋ぐ道路が必要だったため坂が作られた。非常に頑強な作りである。

金沢市の水道が大正期に一気に整備されたことが分かる。

犀川大橋の近くに扁額が残る。見つけるのは大変。

全4車線、橋長62mのワーレントラス橋。鋼鉄の骨組みと金箔も使われた橋名額が工業的な美しさを誇る。関東大震災後の橋で、国産だけでは鋼鉄を賄えなかったため一部に英国産を用いている。 犀川は金沢市街地の西側を流れる河川であり … 続きを読む

末浄水場の近代以降は片っ端から国登録有形文化財になっており、敷地内に12件ある。

末浄水場は今も多くの近代建築が残る。これは入口から目立つ位置にある。直線的な庇や丸窓で構成されたアール・デコ調のデザイン。

橋上から見ると普通の橋だが、側面を見るとなんと驚きのイギリス積みレンガアーチ。橋上は改修されつつもそれ以外は殆ど変わっていないのだろう。この橋を現存最古の道路用レンガ橋としている記事もあるが、現役の車道橋として東京都福生 … 続きを読む

金沢城の石垣にどデカく開けられた煉瓦トンネル。とにかく大きい。当然ながら石垣は貴重な文化財であり、現代の感覚では暴挙としか言えない大穴だが、当時は保護の感覚も薄かったのだろう。今では逆にこの穴が文化財になるのだから不思議 … 続きを読む

先代の橋が洪水で流れてしまったため無橋脚のタイドアーチ式で架けられたもの。

浅野川に架かる全長54m幅16.5mの3連アーチ橋。観光地として名高いひがし茶屋街と市街地を結ぶ重要度の高い橋である。

2021年当時は修復中だった。

大湊要港部の艦船補給用水のために造られた、東北地方初の近代水道施設。明治末期に初事例な辺り、藩閥が幅を利かせた明治政府の東北地方への認識がアレだとしか言えない。 設計は海軍技師時代の桜井小太郎である。

現在は弘前三中の門として使われている。

元々新潟市には多くの堀があったが、埋め立てられ都市のカケラとして残ったもの。

新潟駅を中心とする市街地と、中世から栄える旧市街地である新潟島を結ぶ交通の要衝。